想いと思想
機能説明ではなく、このアプリをなぜ作ったのか、
どんな考えを込めたのかについて。
RakuLetterとは
RakuLetterは、大学の授業を受けて終わりにしないためのアプリです。
小中高時代にいつも前にあった黒板をモチーフにしたUIに、カレンダー、メモ、授業資料、録音、AIへの質問、レポート草案作成、テスト対策までを一つにまとめ、その日の授業をあとで活かせる形で残せるようにしています。
ただ受けるだけで終わらせず、授業を自分の未来を助ける資産に変えていく。RakuLetterは、そのためのツールです。
ここからは、RakuLetterの機能説明ではなく、なぜこのアプリを作ったのか、どんな考えを込めたのかという作成者の想いと思想について書いています。
なぜRakuLetterを作ったのか
大学生活って、意外と「めんどくさい」の連続だと思います。授業を受けて、課題やレポートに追われて、テスト前に焦る。もちろん、心の底から学びたいことなら、人は熱量高く本気で学べます。そういうものは、勉強というより、むしろ楽しいものです。本気で興味があることなら、自然と深く考えるし、テストや説明も得意になっていきます。
でも、現実はいつもそうとは限りません。大学には、自分にとって意味を感じにくい授業もあります。「これは何のためにやるんだろう」と思いながら授業を受けることもあると思います。そうやって、本当に力を入れたいことや、好きなことに使える時間まで削られてしまう。そこに、大学生活のしんどさがあると思っています。
自分自身は、無駄だと感じるものをできるだけ切って、本気で取り組みたいものに集中したことで、すごく思考が深まりました。意味を感じる対象にフルフォーカスできると、人は驚くほど深く考えられるし、強くなれます。だからこそ、大学生にも必要以上に学業に振り回されず、自分にとって本当に大事なことに集中できる状態をつくってほしいという想いで作りました。
そしてもう一つ、強く思っていることがあります。それは、大学の授業はその場で聞いて終わるだけではもったいないということです。せっかくお金を払って受けている授業なのに、耳と脳だけで受けて、そのまま忘れていくのは合理的ではありません。あとで見返せる形で残しておけば、必要になったときにいつでも見返せます。今は見返さなくても、あとから見返したくなるかもしれない。自分のためにもなるし、誰かに共有することだってできます。
特に、教授の話には、その人が積み重ねてきた経験や考え方が含まれています。その場の空気、流れ、言い回し、ふと出た一言。そういうものは、あとから同じ形で再現できるものではありません。AIだけでは拾いきれない価値が授業の中には確かにあります。
だから、授業中は無理に全部を書き取ることに意識を取られすぎるより、まずはしっかり聞く。集中して聞いたうえで、必要なものはちゃんと残せるようにする。そのほうが、理解も途切れにくいし、聞き逃しに対する保険にもなります。結果として、学びの質も上がるし、あとで自分を助けてくれます。そしてそれは単なる勉強にとどまりません。日常で使える話題になったり、より実践的で価値のある学びになったり、そこから自分の考えが生まれるきっかけにもなっていきます。
RakuLetterは、そういう考えから作りました。大学の「やらなきゃいけないこと」を少しでも軽くして、授業をその場限りで終わらせず、あとで活きる形で残せるようにする。そして、未来の自分が少しでも楽になるようにする。そのためのツールです。
なぜダッシュボードを黒板にしたのか
RakuLetterのダッシュボードを黒板にした理由は、「あの頃の懐かしさ」を再現したかったからです。
私たちは、毎日のように学校へ行き、席に座り、前を向くと、いつもそこに黒板がありました。朝、教室に入ったとき。授業が始まる前の少しざわついた空気。チャイムが鳴って、自然と自分の席に戻り、前を向くあの感覚。そうした学校の記憶の中心には、いつも黒板があったと思っています。
黒板は、ただ板書をするための道具ではなく、学びの中心にある存在でした。その日の授業で大切なことを学び、流れが生まれ、みんながそこを見て内容を受け取っていく。何か特別なものではないのに、小中高時代を思い出すと自然と頭に浮かぶ。それくらい、黒板は学校という場所の記憶と強く結びついている存在だと思っています。
だからこそRakuLetterでは、ただ便利な画面を作るのではなく、開いた瞬間にどこか懐かしさを感じるような、あの頃の空気を少し思い出せるようなUIにしたいと考えました。
そして、黒板にしたのは見た目のためだけではありません。この黒板で、学びに必要なものを集約したかったからです。録音、資料、保存、見返し、テスト対策、AIへの質問、レポート草案作成。そういった機能をバラバラに散らばらせるのではなく、この黒板を開けば必要なとこにすぐ飛べる。この黒板に全部が詰まっている。そう感じられる設計にしたかったのです。
また、毎日開くツールだからこそ、ストレスが少なく、飽きにくいことも大事にしました。使いやすいだけではなく、少し気持ちが入ること。少しだけ開きたくなること。そうした感覚も、学びを続けるうえでは大切だと思っています。
そのために、黒板だけでなく、時計も含めて、学校の空気感を思い出せるような再現を意識しました。前を見れば自然と視界に入っていた、あの教室の時計です。何気ない存在ですが、黒板と並ぶことで、記憶の中の教室らしさがより自然に立ち上がると思ったからです。
そして、工夫したポイントはそれだけではありません。この画面を開いた瞬間に、今日やることや、今見るべきものが分かることも大事にしました。学びが大変になる理由の一つは、やることが多いことそのものより、今何をすればいいのかが散らばって分かりにくいことにあると思っています。だからRakuLetterでは、開いた瞬間に今日の動きが見えることも重視しました。
懐かしさがあること。必要なものがここにまとまっていること。毎日開いてもストレスが少ないこと。そして、今やるべきことがすぐ分かること。
昔、前を向けばそこに黒板があったように、今も開けばそこに必要なものがある。RakuLetterの黒板には、そうした意図を込めています。開いた瞬間に少し懐かしくて、少し安心できる。そして、このアプリを開くことが、自分の一日を始める感覚につながる。そういうUIにしたかったのが、ダッシュボードを黒板にした理由です。
AI時代にレポートの意味はどう変わるのか
これからの時代、レポートの意味は少しずつ変わっていくと考えています。
これまでレポートには、資料を集め、内容を整理し、論理的に文章へまとめる訓練としての意味がありました。
実際、それによって理解力や文章力、構成力が鍛えられてきた面は、確かにあると思います。
私は、従来のレポートに価値がなかったとは考えていません。
ただ一方で、AIがここまで進化した今、情報を集め、整理し、一定の水準で文章としてまとめること自体は、以前ほど人間にしかできない作業ではなくなってきています。
AIは、膨大な情報を短時間で処理し、整った文章の土台をつくることができます。
この変化を無視したまま、これまでと同じ意味のままレポートを捉え続けるのは、少しずつ現実とずれていくとも感じています。
だからこそ、これから本当に重要になるのは、AIより速くまとめる力ではなく、AIが出してきた内容をそのまま受け取らずに、自分の頭で問い直す力だと思っています。
「これは本当に妥当なのか」
「別の見方はないのか」
「自分自身はどう考えるのか」
そうやって疑い、比較し、選び直し、自分なりの考えとして組み立て直していく。
その力こそが、AI時代における本質的な思考力であり、これからのレポートに、より強く求められていくものだと考えています。
RakuLetterのレポート支援AI「ラクレポ」は、まさにその考え方を前提に設計しています。
ラクレポは、授業資料をベースにし、必要に応じて教授の発言やキーワード、メモの内容も踏まえながら、レポートの草案をつくります。
つまり、授業内容や前提資料から大きく外れない形で、短時間で精度の高い土台を用意することができます。
ただ、ここで目指しているのは、AIにすべてを任せて終わることではありません。
むしろ逆です。
最初の整理や構造化をAIに任せることで、人間はその先の「考えるべき部分」に、より多くの時間と意識を使えるようになる。
そこに、この機能の意味があると考えています。
レポートとは本来、単に情報を並べるものではなく、資料や事実を踏まえながら、自分なりの理解を形成し、それを論理として表現するものです。
その意味で、AIが草案をつくれるようになったからといって、人間が不要になるわけではありません。
むしろ、AIが整った土台を出せるようになったからこそ、そこに何を加えるか、どこを疑うか、どの視点を選ぶかという、人間側の姿勢がこれまで以上に問われるようになると思っています。
私は、これからのレポートは、ゼロからすべてを手で埋める訓練だけではなく、AIが作った土台を使いながら、それでもなお自分の思考を深める訓練へと少しずつ変わっていくべきだと考えています。
それは、楽をして済ませるためではありません。
むしろ、表面的な文章作成に時間を取られすぎず、本来もっと時間を使うべきだった「問い直すこと」「考え直すこと」「自分の視点を重ねること」に集中するためです。
ラクレポが出力するものを「完成品」ではなく、あくまで「草案」としているのも、そのためです。
最初から100点の完成品を渡したいわけではありません。
RakuLetterが渡したいのは、自分で考え、深め、修正していくための、質の高い出発点です。
あえて完成させないことで、残りを自分で考える余地を意図的に残しています。
また、RakuLetterでは、過去に自分が書いた文章をもとに、自分に近い文体で草案を作れるようにしています。
その理由は、自分に近い文体のほうが、違和感に気づきやすく、読み返しや修正もしやすいからです。
言い換えれば、推敲のための負荷を下げ、内容そのものの検討に意識を向けやすくするための設計です。
一方で、あえて自分に寄せすぎない文体も選べるようにしています。
それは、自分の書き方や考え方を客観視するためです。
自分に近い形で考えを深めることもできる。
逆に、自分の外側の文体や視点から、自分の癖や限界を見直すこともできる。
この両方ができることに意味があると考えています。
もちろん、ここには大前提があります。
教育機関や担当教員がAIの使用を明確に禁止している場面では、そのルールを守るべきです。
ルールを破ってまで使うことは、学びの質を高めるどころか、信頼そのものを損ないます。
学びのために使うはずのものが、本質的な成長を阻害するものになってしまえば、本末転倒です。
ただそのうえで、社会に出れば、AIをまったく使わない前提で成果が求められる場面は、むしろ少なくなっていくはずです。
これから必要になるのは、AIに勝つことではなく、AIを使いこなしながら、それでも自分の判断と責任で考えられることです。
私は、レポートという課題も、そうした力を育てる場へと変わっていくべきだと思っています。
ただ情報を集めて文章にするだけなら、AIはすでに高い水準でこなせます。
だからこそ人間には、その先が求められる。
AIの出力を疑う力。
自分の経験や価値観を重ねる力。
より良い問いを立てる力。
そして、整った土台を、自分の思考によって本当に意味のある文章へ変えていく力です。
これからのレポートは、単なる要約や整理の課題ではなく、AIを使いながら、それでもなお自分の思考を深められるかを問う訓練の場になっていくべきだと考えています。
RakuLetterのレポート機能には、そうした考えを込めています。
なぜPCアプリにしたのか
大学というものを「資格を取る場所」「いい会社に就職するための通過点」「とりあえず行く場所」として見ている人は、多いと思います。もちろん、それも一つの現実です。
でも、ここで一度考えてみてほしいことがあります。大学の学費を、講義数で割ったら、1回の授業はいくらになるのか。そう考えると、大学の授業は、なんとなく受けて終わらせるには高すぎるものです。
さらに、大学生になると、多くの人がノートパソコンを買います。しかも、それは安い買い物ではありません。十万円以上することも普通にあります。では、そのノートパソコンを実際にどこまで使いこなせているでしょうか。
多くの場合、レポート提出、リモート授業、少し調べものをする。使い方はその程度で終わっていることが多いと思います。本来もっと活用できるはずなのに、大学生活の中では、十分に使い切れていない。そこに、もったいなさを感じました。
今、大学生向けの便利なツールはたくさんあります。その多くは、スマホアプリとして作られています。確かに、スマホは手軽です。すぐ開けるし、すぐ触れる。だから広まりやすいのも自然です。一方で、PCアプリはあまり注目されていません。理由もわかります。スマホより手軽さに欠けるし、PCに慣れていない人にとっては、ダウンロードすることや、開くこと、タイピングすること自体が、少しハードルになるからです。
でも、自分はそこを逆に考えました。大学生がすでにお金を払って持っているノートパソコン。それをもっと大学生活の中心で使えるようにした方がいいのではないか。ただ提出のためだけに使うのではなく、授業を保存し、整理し、あとで活かすための道具として、もっと活用できるはずだと思ったんです。
そして、RakuLetterをスマホアプリではなくPCアプリにした大きな理由が、もう一つあります。それは、スマホは便利すぎるからこそ、他の作業と競合しやすいということです。授業中にスマホで録音や保存をしようとすると、その間、他のアプリが使いにくくなったり、操作が分散したりします。でもPCなら、授業中に開いて、録音ボタンを押して、資料を添付して保存する。その流れを一つの画面の中で進めやすい。しかもその間、スマホはそのまま自由に使えます。
つまり、PCは授業の保存や整理に使う。スマホはスマホで自由に使う。この役割分担ができるのも、PCアプリの大きな強みです。さらにPCなら、録音や資料整理だけでなく、調べものをしたり、レポートを書いたり、他の作業を並行したりもしやすいです。大学生活の中で、複数のことを同時に進める現実を考えると、RakuLetterはスマホよりもPCの方が、相性がいいと考えました。
せっかく買ったノートパソコンを、提出専用の機械で終わらせるのはもったいない。大学生活をもっと便利にして、もっと活かせる形に変えていく。そのために、RakuLetterはPCアプリとして作りました。
そして正直に言えば、これからの時代、PCを使えること自体が大きな武器になります。AIを使う時代だからこそ、スマホだけで完結するのではなく、PCを使いこなせることの価値は、これからますます大きくなると思っています。
RakuLetterは、大学生がすでに持っているノートパソコンを、ただの提出用ツールで終わらせず、学びを残し、整理し、未来の自分を助けるための道具へと変えたい。その想いが、RakuLetterをPCアプリという形にしました。
今後の方針
機能説明ではなく、これからRakuLetterを
どう育てていくかについて。
企業コーナー
RakuLetterの完成形は、授業を保存するだけのアプリではなく、入学から就活までを支えるツールにしていくことです。
また、毎日違う企業の情報が見られる仕組みも入れたいと考えています。大学1年のうちから、いろいろな企業を自然に知るきっかけを作るためです。毎日変わることで、「今日はどんな企業が出ているんだろう」と、少し楽しみに見に行ける形にしたいと思っています。
ここで大事にしたいのは、これを単なるバナー広告のような扱いにはしないということです。企業情報を、学習OSの中にある一つのコーナーとして設計し、大学生活の延長線上で、将来の進路や仕事に自然と目を向けられる形にしたいと考えています。
さらに、気になった企業をキープできるようにして、あとから見返したり、比較したりできるようにもしたいです。
ゲーム×AI分析
今後は、ゲーム機能にもAI分析を取り入れたいと考えています。ゲームの中で見える思考パターンや判断傾向、得意なこと、強みになりやすい能力を蓄積し、将来の就職活動でも活かせるようにしたいと思っています。
たとえば、自分の長所や短所、向いていること、自己PRの土台を、AIが分析して整理してくれるような機能です。自分では気づきにくい強みを見つけたり、自分の考え方の特徴を言語化したりする助けになるはずです。
デスクトップ用RakuLetterカレンダー
加えて、デスクトップ上にRakuLetterのオリジナルカレンダーを大きく表示できるような仕組みも考えています。拡張機能の下に置けるような形で、RakuLetterのカレンダーが日常的に視界に入るようにすることで、予定や授業をただ保存するだけでなく、毎日の行動につなげやすくしたいと思っています。
授業を保存し、学びを資産として残すこと。その積み重ねを、日々の行動にも、将来の進路や就職活動にもつなげていくこと。RakuLetterは、そんなふうに、大学生活をより長い視点で支えられるツールにしていきたいと考えています。
企業の皆さまへ。この構想に共感していただける場合は、ぜひスポンサーとしてご一緒いただければうれしいです。ご興味をお持ちいただけましたら、掲載している連絡先(メールアドレス)までご連絡ください。